Skip to main content

Takeshi Kakeda (tkskkd)
kakeda at zensow.jp
Japan - Ehime - Matsuyama

分離→統合を進めて全体性を取り戻すいきいきデザイナー&プラクティショナー&エヴァンジェリスト
アジャイル(22年)、パタン・ランゲージ(13年)、パーマカルチャー(15年)、ビオトープガーデニング(10年)、ウルトラ&トレイルラン、メンタルモデル探求、乱読書、生態系保全、心身一如、自分、他者、すべての生物の「いのちを活かす」ための活動をしています。 個人やチームのアジャイルメンタリング&コンサルティング、メンタルモデル紐解き、個人・チームの心身の健康カイゼン支援、などなど。

micro.tkskkd.com

kkd

takeshi.kakeda

kkd

zensow.jp

@kkd

note.com/kkd

giantech.jp

オリンピックって始まってるの?開会式とかやったの?というくらいの興味レベル。元々「復興五輪」とかいってても、東北にかけるべきお金や注目を東京に移しただけじゃないの?という疑問を抱いていた。せっかく出場するアスリートには頑張って欲しいけどね。そろそろ東北に行きたいなぁ。

過去に犯した過ちを戦後も指摘され続ける国に住むものとして、同じ行為を個人に対して向けることは「どうすれば(自分|他者)の過去の過ちを乗り越えて(償える|許せる)か」を考えるのに良い事例なのだろうね。自分を責め続けることも他者を責め続けることも何も産まないことは確かだ。

何をするにしても「システムの構造を変える」という認識をもち、現在のシステムが壊れないように少しづつ変えていくという心持ちが必要なんだけど、プログラマーなら「リファクタリング」のたとえで説明しやすいが、そうでないと説明するのはちょっと大変だなという印象。

人類はショートカットが好きなんだな。ショートカットの短期的利点にばかり目が行き過ぎて長期的な欠点がわからずに突き進んで後で気づくパターン。化学肥料を使うことの土壌疲弊や炭水化物中心の食生活による健康被害など。学ぶべきはシンプルだけど「急がば回れ」につきる。

今年の夏は色々あって水生昆虫に捧げる夏になりそう(既になってる)。子供と採集・飼育まではいいとしても野生種の観察・保全モドキまで流れでやらざるを得なくなってきた。もうこのまま水生昆虫研究所でも立ち上げるかな😅 飼育よりビオトープ整備で生息してくれたほうが嬉しいけど。

嬉しいことに採択頂いたので早くもアップを始めました。皆様ありがとうございます。#xpjug https://twitter.com/confengine/status/1417110441013174272?s=21

生きているうちに人生で犯した大小様々な罪の償いをしておきたいものだ。小山田さんの話を聞いて、小学生の時に一度だけ友達に誘われて同級生の女の子をいじめてしまったことを思い出す。イエスの言葉「あなた方の中で罪のない人が、彼女に対して最初に石を投げなさい」を思い出す。

「後でやる」を「今やらない」と変えて考えるだけで後回しの意味が変わってくるのかもしれない。後回しとは今やらないことを決めること。https://twitter.com/akinekojp/status/1417358226165698561?s=21

10年先んじてた!リモートワークは5年くらい先行!(仕方なく移住したのは内緒)  https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA0671Q0W1A700C2000000/

柳宗悦の民芸運動に触れているのが秀逸な論考。「最高に輝く」ために何かするより「最高に輝く」ことの障害物を取り除いて行けばよい気がしてる。このあたりやっとむと話してみたいな。https://yattom.hatenablog.com/entry/2021/07/12/100433

克服型(痛みを克服して二度と味合わないようにする)の人は、逃避型(痛みを逃避して二度と味合わないようにする)の行動を理解できないし、逆に逃避型は克服型の行動を理解も真似もできない。共に「痛みを回避している」という点では同じなんだなぁ。痛みを味わうとはどちらでもない。

「失敗は学びの機会である」が「手痛い学びの機会」も当然ある。心が痛ければ痛いほどその体験は身体に強く刻まれその人の血肉となる。「もうこの思いはしたくない」と心からの反省をし以降は最大限の努力・対策を講じるか「痛みを回避したい」と思って二度と行動に移さなくなることもある。痛い...

最近はスタンディングデスクでスラックレールに乗ってpc作業してる。手で支えてるからバランスは取ってないけどいつもフラミンゴみたいに片足な気がする。これでバランス性高まった気はしないが足裏の刺激にはちょうどいい。https://slackrail.jp/

子供の頃からずーっと生き物が好きだった自分が、突然プログラミングやりたくなってソフトウェア開発の世界に入ったのって、今になって考えると「自然の営みや仕組み」と「人が大勢で何かを作り続ける」という行為は根っこは全く同じということを学ぶためだったのかもなぁ、とふと思った。

アジリティはスキルであり「力」なので、あとはそれをなんのために、どこで使うかだけが問題だね。