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Takeshi Kakeda (tkskkd)
kakeda at zensow.jp
Japan - Ehime - Matsuyama

iki-iki practicioner & evangelist. I love agile, pattern language, permaculture, gardening, ultra & trail running, reading books, wife, kids and continuous learning & hacking.

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スコティッシュフォールドの耳って優勢遺伝の病気なのか。病気と個性の違いって何? https://www.asahi.com/articles/ASP9K6SVCP7XUCFI00G.html

「わからない」を「わかっている」のは大事だし「わからない」を「わからない」と外に表現できるのも大事だなぁ。https://twitter.com/iwaoRd/status/1441205730019708944

決断ポイント(DP)をいかに消費しないで生活できるかを体験するRPGゲームを思いついた。敵は洋服だったり家族だったり上司だったり勉強のための本だったりする。「今日の晩ごはんなに?」「どの服着る?」DPがなくなると決断力がなくなりランダムに決まって更なる窮地に陥るかもしれない。

大学の時の友人がRPGの基本原則として当時の自分に「押してもダメなら引いてみな」って言われたが印象に残っていて今でも人生訓として参考にしていると聞いたのだけど、これ多分ゼルダの伝説でホブゴブリンが教えてくれたんだよなぁ。

今日教わった「エゴ叩き」を常に実践していったらどうなるんだろう?エゴに餌をやらないと世界はどう変わるのか実験してみたい。。。

栄枯盛衰。ここから何を学ぶのだろう?トヨタの物言いが鼻についたけど。https://toyokeizai.net/articles/-/456631?display=b

この件どなたが絡んでるのだろう? http://www.pjl.co.jp/news/group/2021/09/14622.html

自分は主流ではなく主流が見残したものを拾っていく落ち穂拾い担当の傍流なんだけど、傍流っていうといまいちイメージよくないので別のイケてる名前が欲しい。mainからforkして勝手に育っていっていつしか別のプロダクトになってしまうイメージ。

思えば「翻訳の質が。。。」と感じていたがゆえに絶版の機会に新訳という機会を得られたという見方もできるので、新訳し直して出版できている本についてはよかったのではないかという気がしている。同じ様に未邦訳の本は時代が来てから翻訳するというタイミング合わせの考え方もできるのかもしれない。

一寸の虫や一株の草にすら生命を見いだせる人が増えると世界はもっと豊かになるんじゃないかと最近よく思う。人が人類以外を自分の利用可能な道具としてだけでなく共に生きる仲間と見ることができれば見方はガラッと変わる。メンタルモデルがひとりぼっちモデルの人だけかもしれないが信じる。

昔からオリジナルにこだわること、他と同じようなことをやることに対して物凄い抵抗感があった。コミュニティのマッシュアップブームだった頃に「それでオリジナリティはあるのか?」とか一人で食いついていた気がするけど、この「オリジナリティ」にこだわるという特性はどこからくるのだろうか?

制約にがんじがらめにされてその中でどうにか工夫してきた世代と、制約がとっぱらわれて好きなようにできる(と思える)世代では、考え方もやり方も変わるだろうなー。「困り方が足りない」というパワーワードを思い出す。。。

未分化でふわふわしているときは、全体を保ちながら分化して整理しながら進まないといけないけど、分化が進みすぎた段階では断片化しないように全体に統合しないといけない。バラした後にまたくっつけるのでなく、分化することと一つであろうとすることは常に同時でないと全体性が失われる。

無意識を意識化、当たり前や前提を見直してみることなのだろうな。"観念が無意識の常識から外れて「考え」の一つになれば、そこで初めて議論が可能になります。" https://qr.ae/pGSo66

断片化されたものを全体にまとめるとひとつになるが未分化でカオスで正解はなくなりぐちゃぐちゃしながら進むと時間が経つにつれて段々整理されてくる。再び分化が始まり詳細化されるが分化されたものが全体として統合されないと分断が始まり断片化してバラバラになりまたどこかで全体として一になる。