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AgileJapan2020で『地方コミュニティジャーニー』という話をしてきました

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先週の11/17にAgileJapan2020で、10年前に自分が始めたAgile459というアジャイルのコミュニティの10年間の危機に着目してお話させて頂きました。

10年のコミュニティ活動を20分に凝縮

これまで、愛媛に来てからの話を何度か節目節目で話す機会がありました。エンジニアとしての立場、地方コミュニティについて、個人的な生き方について、などなど。

今回はAgile459というコミュニティにフォーカスしてお話ししましたが、Agile459の運営は自分の愛媛に来てからの人生、ライフスタイルと密接に関わり合っています。

家庭の事情で、バリバリに働いていた東京からやむなく愛媛に移住し、職無し(当時はリモートワークがなかった時代)、知り合い無し(実家は埼玉、奥さんの親戚のみ)、すぐに子供3人目が生まれて(引っ越し5日後)、いきなり育休・職安からのスタートだった10年前。

仕事が多少落ち着いた(出張ばかりだったけど)11月から始めたAgile459、当時はアジャイルプロセス協議会 四国支部が正式名称でした。

勢いで進めるも途中で息切れ、出会いと別れ、仕事・生活・自身の変化へに振り回されながらも適応をし続け、次世代にバトンを繋ぎながらなんとか10年目を迎えることができたのですが、20分という時間内では途中途中の危機をどう乗り越えてきたかに着目して話を構成しました。

地方のコミュニティを続けるということ

一つのことを続けるのがが苦手な自分が始めたコミュニティ、普通なら飽きて途中で自然消滅してしまうところですが、それが何とか10年続いてきたのは、多くの人と出会い協力してやれてこれたからだと言い切ることができます。

コミュニティは誰からも強制されない、完全自主的な活動。仕事が忙しい、飽きて他に興味ができたからといって人知れずなくなってもそれはそれで自然。収入の糧でもないため続ける理由は自分にとっての利益でもない。

なぜ続けてきたのか?四国という土地でアジャイルについての学びたい人の受け口を維持するために、太く短く花火のように終わるのではなく、細く長く続ける方向を選択したからでした。そんなに格好いい意識で続けてきたわけではなく、七転八倒を繰り返してきた結果です。

10年地方で技術コミュニティを続けるということがどういうことなのか、興味ある人はAgile Japanのオンデマンド視聴が始まったみたいなので見てください。

少しでも地方でコミュニティを続ける人にとって役立てば幸いです。

10周年イベントの話はまた別投稿にて。