数年前に昆虫食に興味持って庭でショウリョウバッタ捕まえて素揚げして食べたらエビみたいで美味しかったっていったら友人にも家族にも白い目で見られた。ようやくそれほど変な目で見られない時代になってきたの?(今では虫を頂くのがかわいそうで逆に食べれないが。。。)
システム思考は枝廣さんの本がわかりやすかった https://
そして個人的にはドネラの本が決定版だと思うんだけど https://
高江洲さんはこの本すすめてたな https://
不快をなくして快だけにするということは、片手落ちの世界(=不完全な体験しか得られない)を作ることかもしれない。無意識にそれに気づいている人は苦しいことに挑戦して達成感を味わったりするのかもしれない。
痛みは不快だが「生きている実感」「身体の不具合」を教えてくれる。貧しさは苦しいが「生きるために本当に必要なのは何か」を教えてくれる。病気や怪我は辛いが「何事もない日常だけでありがたい」実感を教えてくれる。すべては相対によってわかるものであり、快・不快は合わせて体験する必要がある。
コロナ禍における東京五輪開催は、第二次世界大戦における原爆投下のように、世界の混乱期の象徴的な出来事として歴史に刻まれる運命なのだろうか?
SNSはFaceBookもTwitterもやめたいけど、使ってる人がいるのとそこでしかつながってない人がいるのでまだやめられない。早くIndieWebに皆を引き込まなければならないなぁ。
今年はタガメ里親に応募した。タガメの幼生を預かって成虫に育ててまた戻すという取り組み。引き続きタガメ捜索も続けるけど息子に本物のタガメを見せたいというのはある。アクアポニックスならぬタガメポニックスも実験してみたいな。
体力向上部という発想は凄くよいね。競争とか勝負とかではなく純粋に楽しむのが大事。これはパルクールの起源でもあるHébertismにつながる。https://
昨年タガメが営利目的の売買禁止になってから再びスイッチが入ってタガメ探索にでかけるようになった。愛媛でコガタノゲンゴロウは見つけられるんだけどタガメはさすがにいない。次男が6年生でまだ付き合ってくれるので今年もできるだけ探索しにいくぞぉ。最後のタガメ情報も聞いたけど諦めきれない。
『スタンドバイミー』を長男が見て「いいなぁ」と呟いていた。今は子供達があのような冒険ってやりづらい世の中だよな。自分も子供だけで遠出はもちろん、河原でキャンプ、沼に飛び込んで魚とったり、荒川沿に東京湾までママチャリでいくとかしてたんだよなぁ。
またひとつt-mountainで楽しい遊びを教えてもらってしまった。だいぶヤバいので道具を揃えて外に出ていきたくなる。ULキャンプ+ULカヤック+自転車の組み合わせの破壊力が凄いわ。ここに釣り加えたら何日も帰ってこれなそう。。。
物事をばっさり評価判断する癖がまだまだ抜けないので修行の日々だなぁ。今日もまたひとつ。。。気づいただけマシだと思うことにしよう。
「できない」「無理だ」という信念が、実際に「できない」現実を作り出すらしいので、信念レベルで「できる」って根拠はさておき刷り込みが重要なんだなぁということを腹落ちした。これ顕在意識レベルじゃなくて潜在意識レベルの話なんだけど。自己催眠でそれができるのかはまた別の話だな。
今日はドラクエ35周年だったらしい。同じ年の2/21のゼルダの方が印象に残っているのはディスクシステムが当日手に入らず2日遅れで買ったから。ドラクエはさくっと弟が買ってきた印象ある。今でもレベル30のパスワード覚えてるんだよねー。
先日、SINIC理論というのを教えてもらった。1970年に発表って未来が見えてる感じで凄いな。http://